1 再審無罪となった死刑冤罪被害者(元死刑囚)と年金問題
ところで、この再審請求の事件で袴田さんの無罪判決が確定した場合、彼に国民年金が支給されるのでしょうか?
実は、平成25年6月の法改正まで、再審無罪となった死刑冤罪被害者に対して、国民年金は支給されませんでした。保険料納付の実績がない者に対しての給付は困難、というのが、国の対応だったのです。
国の対応を変えるために法改正を促したきっかけの一つが、弁護士会の意見でした。日弁連(※日本弁護士連合会の略称です)は、平成14年1月、国(厚生労働省)に対して、「勧告」を行い、平成22年12月には「警告」を行いました。合わせて、国会議員等に対する要請活動も行ってきました。
皆様の中には、「なぜ、このような人権侵害が長期間、放置されていたのか?」と思われる方もいるかもしれません。
しかし、ここに人権侵害の怖さがあります。指摘されれば誰もが人権侵害と思うことでも、指摘が無ければ(あるいは指摘の声が小さければ)問題があることすら分からない、問題があったとしても世論の多数を形成できないために法改正に結びつかないのです。こうした人権課題は、人間社会の中に、いくつも存在しています。
2 弁護士会の人権擁護活動の根拠
弁護士法1条を読むと、弁護士の基本的な使命として、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」と定めています。この弁護士法1条に基づいて、日弁連や各地方の弁護士会が、内部規則を作り、市民から持ち込まれる人権問題に関する相談や申立てを受けて、様々な対処をしています。
例えば、審査の結果、人権侵害と判断できるものについては、関係各所に対して、弁護士会から、警告、勧告、意見、助言等を行うことがあります。また、個別の問題ではない国会や内閣で議論されるような政策課題についても、法律家団体として、意見を述べることもあります。
日弁連や広島弁護士会の過去の意見は、ホームページに掲載されていますので、ぜひ、ご覧ください。
3 弁護士会の人権擁護活動の意義
弁護士会は民間団体ですので、国の機関である法務局人権擁護局とは異なる立場から活動をしています。人権は、歴史的に、公権力(政府、地方自治体等)との関係で侵されやすいものですので、国とは独立した団体である弁護士会が人権擁護活動を行う意味があります。また、NPO・NGOと異なり、法律専門家の立場から、人権擁護に関する意見を述べていることが、大きな特徴といえます。
4 裁判所の救済ではいけないのか?
確かに、裁判所は、国会、内閣、地方自治体等とは違い、多数決で物事を判断する機関ではないので、その意味で公平性、中立性は保たれています。しかし、裁判所は、個別具体的な紛争と離れた一般的利益や政策課題については、判断ができません。
例えば、先に挙げた、再審無罪が確定した死刑冤罪被害者の年金支給の問題などは、裁判所に訴えたとしても(行政裁判など)、法が定める支給要件について、立法裁量・行政裁量があるので、勝訴判決を得ることは非常に難しいといえるでしょう。仮に、裁判所が不支給を違法と判断したとしても、死刑冤罪被害者に対して、いつから、いくらの年金を支給するのかについては、今の日本の裁判所制度では決められないのです。
このように、個人では声が上げにくく、社会の多数を形成することは難しい、しかし、現に人権侵害が発生していたり、社会正義に反することについて、法律家団体として、関係各所に意見を述べ、世論を喚起し、最終的には立法や制度改革に繋げていくことが、弁護士会の行う人権擁護活動の大きな醍醐味といえます。 【参考ページ】
日弁連 死刑再審無罪者の年金問題に関する警告書 http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/hr_case/data/101224.pdf